ドローン×AIで「ジャンボタニシ」被害を事前予測、薬剤をピンポイント散布――農研機構が新システムを開発
農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)の九州沖縄農業研究センターが、スクミリンゴガイ(通称:ジャンボタニシ)による水稲の食害を抑える新しい防除技術を開発しました。ドローンでほ場の高低差を高精度に解析し、被害が発生しやすい箇所を事前に予測して、必要な範囲だけに薬剤をスポット散布するシステムです。実証試験では薬剤使用量を約47%削減しつつ、被害抑制効果は全面散布と同等レベルを確認しています。
背景:拡大するジャンボタニシ被害とその特徴
スクミリンゴガイは南米原産の外来巻貝で、殻径が6cmを超える大型の貝です。水温が約17℃以上で活動し、水深が4cm以上の浅い水域を好むため、田植え直後の柔らかい稲苗が特に被害を受けやすいという特徴があります。移植後およそ2週間が被害の最盛期であり、1個体(雌)が年間数千個の卵を産む高い繁殖力を持つため、被害は九州・四国を中心に広がってきました。
近年は関東でも被害が拡大しており、千葉県農林総合研究センターの報告では2025年の水稲被害株率が過去10年で最大の1.59%(800ha相当)に達しました(平年値0.40%)。こうした背景から、より効率的で環境負荷の小さい防除技術への期待が高まっています。
システムの仕組み:ドローン撮影→クラウド解析→可変散布
開発された「被害予測・スポット散布システム」は、以下の流れで運用します:
- ドローンでほ場を連続撮影(空撮画像)
- 撮影データをクラウドの自動マップ化アプリにアップロード
- アプリがほ場の高低差を数センチ単位で解析し、独自アルゴリズムで水深が4cm以上になると推定される箇所を特定
- 「被害予測マップ」を生成し、可変散布機能付きドローンに取り込む
- 被害リスクの高いエリアにだけ薬剤をピンポイントで散布する
この仕組みは、従来の「浅水管理で様子を見る」方式が、大雨などの突発的な水位上昇に対応しきれないという課題を補う点で有利です。事前にリスクを可視化することで、正確に防除を打つことができます。
実証結果:薬剤・労力・時間の削減効果
- 2023年佐賀県ほ場の実証試験では、全面散布(4kg/10a)と比較して薬剤使用量を平均約47%削減
- 2024年の試験では、被害面積を全面散布と同程度(被害面積10%以下)に抑制
- 散布作業に必要な人員は約3分の2に削減、散布時間は約40%短縮
これにより、田植え時期に集中する薬剤散布作業の負担軽減と省力化、作業効率向上が期待できます。また、薬剤使用量を減らすことでコスト削減と環境負荷低減の両立が可能になります。
導入にあたってのポイントと留意点
有望な技術ですが、実務で導入する際にはいくつか注意点があります。
- データ更新の重要性:大雨や灌漑などで水位が変わりやすいため、撮影タイミングと散布タイミングの整合が重要です。直前の空撮で最新マップを作成する運用を推奨します。
- ドローンおよび散布機の仕様:可変散布(バーチャルマップに応じて散布量を制御できる)機能を持つドローンが必要です。既存機の改造可否やベンダー対応を確認してください。
- 初期投資と運用コスト:機材、クラウドサービス、アルゴリズム利用料、操作者の教育など初期費用がかかります。規模別にROI(投資対効果)を試算することが重要です。
- 規制と安全対策:薬剤の散布に関する法令、地域ルール、近隣への影響を考慮し、安全対策・ドローン運航管理を徹底する必要があります。
- 現場の個別性:土質、圃場形状、周辺排水条件などでリスク評価の閾値やアルゴリズムの調整が必要になる場合があります。現場試験でのカスタマイズを検討してください。
実装・普及の見通しと応用展開
農研機構は令和8年度(2026年度)に公設試験場や機械メーカーと連携し、システムの実装テストを進める計画です。想定する対象は大規模農家などで、実運用レベルでの検証を経て普及を図る方針です。
また、高低差マップ自動作成機能はジャンボタニシ対策以外にも応用可能です。低地での病害虫のスポット防除や湿害対策、レーザーレベラーとの連携によるほ場均平(均平化)作業や合筆作業の効率化といった展開が期待されています。環境負荷低減と作業効率の両立を目指すスマート農業ツールとしての発展が見込まれます。
営農現場への実務的アドバイス(導入チェックリスト)
- 圃場の現状把握:ほ場ごとの低高差、水はけ、排水経路を把握する
- ドローンとサービスの選定:可変散布対応、クラウドマップ連携の有無を確認する
- 試験導入の実施:部分圃場でのトライアルを行い、薬剤節減と被害抑制のバランスを評価する
- 人材育成:ドローン操縦、マップ作成、クラウド運用に関する研修を実施する
- 周辺調整:近隣圃場と散布範囲の調整、JAや自治体と連携した情報共有を行う
- 費用対効果の検証:薬剤削減、作業時間短縮、人件費削減等を数値化して投資判断する
まとめ
今回の農研機構の開発は、ドローンとAI解析を組み合わせて被害リスクを空間的に可視化し、薬剤を必要最小限にとどめながら効果的に防除する点で実務的な価値が高い技術です。特に大規模圃場や人手不足が課題の営農法人にとって、薬剤コストと作業負担を同時に削減できる点は導入の魅力になります。
今後、メーカーとの連携や現場実装テストを経て、より導入しやすい形で普及が進むことが期待されます。まずは地域の試験圃場や公設試験機関、JAなどと連携してトライアルを行い、自社のほ場条件に合わせた運用設計を検討することをおすすめします。
(出典:農研機構発表、実証試験報告ほか)
詳しい記事の内容はこちらから(引用元)
「ジャンボタニシ」の食害被害を防ぐ新技術開発 ドローンで被害を事前予測・スポット散布 農研機構|JAcom 農業協同組合新聞
https://www.jacom.or.jp/saibai/news/2025/11/251104-85474.php
