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AIとICP分析の融合による次世代型土壌診断技術を開発―全波長スペクトルで幅広い土壌特性を一括・高精度で予測― | 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS

AIとICP全波長スペクトルで土壌診断を革新――JIRCASが多項目を同時高精度予測する技術を開発

国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES)で得られる「全波長」スペクトルデータに深層学習を組み合わせることで、肥沃度や土壌物理性を多数同時に高精度で推定する新たな土壌診断技術を開発しました。本成果はScientific Reports(オンライン版、2025年11月20日)に掲載され、特許(第7464284号)も出願されています。

目次

研究の要点(端的に)

  • 手法:ICP-AESで取得される全波長の発光スペクトルを深層学習モデルに学習させ、従来の化学分析値を教師データとして対応付ける新アプローチ。
  • データ:アジア・アフリカなど7か国から収集した1,941点の土壌サンプルを使用。
  • 対象項目:CEC(陽イオン交換容量)、交換性Ca・Mg・K・Na、pH(H₂O・KCl)、可給態リン(Bray-1P)、全炭素、全窒素、電気伝導度、交換性Al、粘土割合、砂割合など計12項目。
  • 精度:多くの項目で決定係数(R²)が0.9以上、最も低い全炭素でも0.81を達成。
  • 利点:従来の複数手法に比べ、時間とコストを大幅に短縮し、多項目を一括で診断可能。

技術の仕組み:なぜ全波長データが効くのか

従来のICP分析は特定元素に対応する限られた波長を取り出して定量しますが、実際には装置が取得するスペクトルには膨大な波長帯の情報が含まれています。本研究は「これまで捨てられてきた」全波長情報をAIに学習させ、土壌の化学的・物理的な特徴と相関する微妙なスペクトルパターンを捉えることで、従来では直接測定しなければ得られない指標まで推定できることを示しました。

現場にもたらすメリット

  • 迅速化:ICP測定自体は通常1日で完了し、学習済みモデルでの解析は即時に結果を出せるため、従来の「数日〜数週間」の待ち時間を大幅に短縮できます。
  • コスト低減:複数の化学分析を個別に行う必要がなくなり、試薬や作業コストを削減できます。薬品使用量の減少は環境負荷低減にも直結します。
  • 多項目同時診断:CECや土壌構造、pH、可給態リン、全炭素・全窒素など、化学的・物理的指標を同時に取得でき、施肥設計や土づくりの意思決定を迅速化します。
  • 普及性:土壌診断インフラが乏しい地域でも、ICP装置を備えた拠点で波長データを集めてモデルを活用することで、現地の営農改善に役立てられます。

営農現場での具体的な活用イメージ

  • 営農法人・集落営農:定期土壌診断を短サイクルで行い、施肥計画の微調整や圃場ごとの最適化を迅速に行えます。
  • 小規模農家支援:地域の分析拠点や民間サービスがICP全波長診断を提供することで、個々の農家に安価で早い診断結果が届けられます。
  • スマート農業との連携:ドローンや土壌コアサンプラーで標本を効率的に収集し、AI診断結果を農場管理システム(施肥履歴や収量データ)に連結して、データ駆動の肥培管理を実現できます。

導入時の実務ポイント(営農者・技術担当者向け)

  1. ICP-AESを利用できる分析拠点の把握:大学、研究機関、民間分析サービスの対応可否を確認します。
  2. 標準化された土壌採取プロトコルの運用:代表性のある採土でモデルの精度を担保します。深さ・位置・時期を統一することが重要です。
  3. ローカルデータによるモデル検証:地域土壌に特有の成分や環境条件がある場合、追加サンプルで再学習または補正を行うことを推奨します。
  4. データ連携の仕組み構築:結果を農場管理ソフトや施肥設計ツールへ自動連携することで現場運用がスムーズになります。
  5. 拠点間での品質管理:異なるICP機器間の差や前処理差異が予測精度に影響するため、共通の校正・QA手順を設けます。

留意点・課題

  • 地域差と代表性:今回のモデルは7か国・1,941点を基にしていますが、すべての土壌タイプにそのまま適用できるわけではありません。地域特異な土壌では追加データ収集が必要です。
  • 装置依存性:ICP機器の機種や前処理法によってスペクトル特性が変わるため、機器ごとの標準化と校正が不可欠です。
  • 診断精度の限界:多くの項目で高精度ですが、すべての土壌指標が完全に置き換わるわけではなく、微量元素や土壌生物性のような評価は今後の課題です。
  • データ管理・知財:モデルやデータの所有、共有ルールを明確にする必要があります。今回の研究成果には特許(第7464284号)がありますので、実用化にあたっては権利関係の確認が必要です。

今後の展開と期待

研究チームは実験室段階の成果を、圃場や普及現場での実証試験へと進める予定です。さらに、重金属やPFASなど環境汚染物質、微量元素、土壌の生物性指標への適用可能性も検討しています。実用化に向けては、ICP全波長データ収集を容易にする専用ソフトの開発や、普及機関・民間分析機関との連携による土壌診断ネットワーク構築を進める計画です。

営農現場が今すぐできること(短期アクション)

  1. 地域の分析拠点(大学、JA、民間)に本手法の導入意向を問い合わせる。
  2. 圃場の代表サンプルを整理し、試験的にICP全波長解析を受託依頼する。
  3. 結果を既存の施肥設計と照合して、現場での適合性を評価する。
  4. 営農ソフトやGAP記録と連携する運用フローを検討する。
  5. 自治体・研究機関と共同でパイロットを立ち上げ、選別された圃場で運用効果(肥料削減、収量変動の安定化)を検証する。

研究者の声

プロジェクトリーダー 中村智史氏は、「土壌診断に必要な各種の分析は費用と時間がかかり、特にアフリカの農家にとっては利用が難しいのが現状です。本技術がより安価で迅速な土壌診断として普及し、現地の営農改善に役立つことを期待します」と述べています。

論文・特許情報

  • 論文:Scientific Reports(オンライン版)掲載(日本時間 2025年11月20日、オープンアクセス)
  • 特許:特許第7464284号「プラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法」
  • 予算:運営費交付金プロジェクト「アフリカ小規模畑作システムの安定化に資する生産性・収益性・持続性を改善する土壌・栽培管理技術の開発」

まとめ

ICP全波長データとAIを組み合わせた本技術は、土壌診断の速度とコストを改善し、多項目を同時に高精度で推定できる点で、営農法人や自治体、分析事業者にとって魅力的な選択肢になります。導入にあたっては機器間差や地域特性に対する追加データの整備が必要ですが、スマート農業や農業DXの基盤技術として、肥料設計の高度化や環境負荷低減、途上国での生産性向上に寄与する可能性が高い技術です。

アグニューでは、今後のフィールド実証や民間サービス化の動向を注視し、導入事例や標準化ガイドラインの発表があれば随時お届けします。

詳しい記事の内容はこちらから(引用元)

AIとICP分析の融合による次世代型土壌診断技術を開発―全波長スペクトルで幅広い土壌特性を一括・高精度で予測― | 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS
https://www.jircas.go.jp/ja/release/2025/press202520

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