デンマークの昆虫飼料メーカーENORMが破産申告――大規模施設の稼働も販売伸び悩みで再建失敗
デンマークの昆虫アグリテック企業ENORMが、裁判所管理下の再建手続き開始から約6か月後の10月30日付で破産を宣告されました。ENORMは2022年に約5,000万ユーロ(約5,700万ドル)の資金を調達し、2023年にユトランド(Jutland)に年間約11,000トンのタンパク源生産を想定した工場を立ち上げていましたが、期待された販売モメンタムが後退したことが原因とされています。
経緯と現状のポイント
- 資金調達:ENORMは2022年に約5,000万ユーロを調達。出資者にはデンマークの農業協同組合DLGなどが含まれていました。
- 生産拠点:2023年にユトランドで稼働した工場はBSFL(ブラックソルジャーフライ幼虫)由来のタンパク質と油を飼料市場へ供給するために設計され、年間約11,000トンのプロテインミール生産能力を想定していました。
- 再建手続き:販売の鈍化を受け、2025年4月下旬に裁判所命令による再建(reconstruction)手続きに入っていましたが、10月30日に破産決定が下され、11月1日付で破産通知が出されています。
- 破産管財人:弁護士のHenrik Selchau Poulsen氏が管財人に任命され、ENORMに対する債権を持つ当事者は11月末までに請求を提出するよう求められています。
現場からの声
同社の生物学研究開発責任者(Head of biological R&D)であるToke Munk Schou氏はLinkedInの投稿で、「素晴らしいビジョンを持つ会社で、才能ある同僚が多い職場が閉じられたのは悲しい。世界に例を見ない昆虫工場を一緒に作り上げたが、販売は期待通りではなかった」と述べ、設備やノウハウは業界へ還元される可能性が高いとしています。
昆虫由来タンパク質市場の“明暗”
ENORMの破産は、昆虫アグリ事業全体の構図を示す一例です。近時は以下のように混在した動きが見られます。
- 破綻・再建:南アのBSFLスタートアップInsecoが事業停止、フランスのミールワーム生産者Ÿnsectは裁判所監督下で再建期間を求めている例が報告されています。カナダのクリケット生産企業Aspire Food Groupも債務不履行を理由に資産売却に至りました。
- 成長投資:一方でnextProtein(チュニジア向け生産拡大で約1,800万ユーロの資金調達)やVolare(フィンランドでの拡大に約2,600万ユーロ調達)など、新規・既存プレーヤーへの資金流入は継続しています。フランスのInnovafeedは米国で商業規模のBSFL施設を建設する計画が「依然として生きている」と表明しています。
なぜ大規模化でつまずくのか――主な要因
ENORMのケースは単独の失敗というより、昆虫飼料の商業化が抱える構造的課題を浮き彫りにしています。考えられる要因は次のとおりです。
- 需要の想定と実際のギャップ:飼料用としての導入スピードや価格受容度が期待より低く、安定した大量の長期オフテイク(買い取り)契約が確保できないと収益化が難しいです。
- 単位当たりコストの高さ:原料(残渣等)、エネルギー、加工・乾燥設備、労務・管理コストの合計が規模に見合う低減を達成できない場合、プレミアム価格が必須になります。価格優位性が取れないと一般的な飼料市場では苦戦します。
- スケーリングの難易度:自動化、品質管理、病害管理(昆虫の健康管理)、工程の安定化は小規模から大規模へ移す際に技術的・運用的な障壁が高いです。
- 規制と認証:地域ごとの飼料規制、成分表示、衛生基準などに合わせた適合コストがかかります。
- 資金の投下タイミング:大型工場を早期に建設してしまうと、販売チャネルの確立前に資金が尽きるリスクがあります。
営農法人・農機メーカー・自治体が押さえるべき実務的示唆
対象読者である営農組織や導入検討者、農機メーカー、自治体の技術担当者向けに、実務上の観点から留意点と推奨アクションをまとめます。
- 段階的投資を優先する:まずはパイロット(数十〜数百トン)で需要・工程を検証し、オフテイク先を固定化してから拡大することを勧めます。
- オフテイク契約の確保:飼料製造者や畜産・養殖事業者と長期契約を結び、販売リスクを低減することが重要です。共同出資や共同運営も有効です。
- 総コストの見える化:原料調達コスト、エネルギー(乾燥等)、廃棄物管理、人件費、設備償却を詳細にモデル化し、感度分析で最悪シナリオを想定しておきます。
- 柔軟な設備設計:モジュール化・可搬性のある設備を採用すると、需要に応じた段階的増設や別用途転用がしやすくなります。
- パートナーシップの活用:飼料大手、飼料加工業者、飼料用油脂を扱う企業との連携で販路と技術支援を得られます。自治体はバイオ資源の供給面で橋渡し役になれます。
- 人的資源と知見の確保:昆虫飼育・加工の専門人材は希少なので、外部研究機関や既存プレーヤーとの共同研究で早期にノウハウを補強します。
- 設備・知財の救済可能性を検討:破産・倒産時には設備や運転ノウハウが市場へ流出します。買収・再利用を視野に入れると、短期で能力を獲得できる可能性があります。
農機メーカー・自治体への示唆
農機メーカーや自治体の技術担当者にとっては、ENORMのケースは以下のポイントで参考になります。
- 需要創出の支援:自治体が畜産・養殖向けの試験導入や補助を行うことで、初期需要を作る役割を担えます。
- 副産物の相互利用:トラクターやコンバイン等のデータ・運用ノウハウを持つ農機メーカーは、原料供給(農業残渣)と昆虫生産の連携で新サービスを提供できます。
- 設備供給のビジネスチャンス:乾燥・加工装置、温湿度管理システムなどの分野は、標準化・モジュール化によるコスト低減で競争力を持てます。
今後注視すべき点
ENORM破産後も、昆虫由来タンパク質セクターは「再編」と「選別」が進むフェーズに入るでしょう。具体的には:
- 買収・資産移転の動き:設備や技術、顧客ネットワークが他社へ吸収されるケースが増える可能性があります。これにより短期的に供給集中や価格競争の変化が起こります。
- 市場の二分化:高付加価値(プレミアム)市場向けと、コスト競争力重視の汎用市場向けで戦略が分かれていく見込みです。
- 政策・規制の動向:各国の飼料規制や持続可能性評価が追い風にも逆風にもなり得ます。補助金や認証制度の整備が普及を左右します。
まとめ
ENORMの破産は、昆虫アグリ分野が抱える「スケールアップの難しさ」と「需要確保の重要性」を改めて示しています。ただし、設備やノウハウは市場にとって価値ある資産であり、他企業への統合や再活用が進めば、業界全体の成熟に寄与する可能性もあります。営農法人や自治体、機械メーカーは、段階的な実証、堅牢なオフテイク設計、柔軟な設備選定を中心にリスク管理を行うことが求められます。
当メディア「アグニュー」では、今後も昆虫飼料を含むアグリテックの資金調達・事業再編・技術動向を追跡します。関心のある方は、現場での実務検討に活かせる情報を逐次お届けします。
詳しい記事の内容はこちらから(引用元)
Danish insect ag firm ENORM declared bankrupt
https://agfundernews.com/breaking-danish-insect-ag-firm-enorm-declared-bankrupt-after-failed-reconstruction-process
