大阪ガスら8社が「水田JCMコンソーシアム」設立――AWDで水田由来のクレジット普及を目指す
農業と気候変動対策をつなぐ新たな取り組みが始動しました。大阪ガス株式会社を中心に出光興産、兼松、Green Carbon、損害保険ジャパン、東邦ガス、芙蓉総合リース、三菱UFJ信託銀行の計8社が「水田JCMコンソーシアム」を設立し、水田における間断かんがい(AWD)を活用したJCMクレジットの普及拡大を目指すことを発表しました。
JCMと水田(AWD)が意味するもの
JCM(Joint Crediting Mechanism)は、日本とパートナー国が共同で温室効果ガス削減に取り組み、その成果を両国で共有する二国間クレジット制度です。日本政府はJCMを用いて2030年度までに累計約1億t-CO2、2040年度までに累計約2億t-CO2の確保を目標に掲げており、NDC(国別削減目標)達成の手段としても重要視しています。
水田分野では、AWD(Alternate Wetting and Drying:間断かんがい)がJCMクレジットの対象として承認されています。AWDは栽培期間中に水田の水位を周期的に下げて乾かす管理手法で、常時湛水(常に水を張った状態)と比べてメタン排出を抑制できます。土壌条件によりますが、メタン排出を約30%削減し、場合によっては米の収量向上も報告されています。
コンソーシアムの狙いと具体的な活動
今回のコンソーシアムは主にフィリピンでのAWDプロジェクトを分析し、価値・リスクを可視化して発信することを目的としています。具体的な活動は次のとおりです。
- フィリピン(バタンガス州、ラグーナ州、北イロコス州など)でのAWDプロジェクトの実績データを収集・分析する。
- 米の収量増加など、温室効果ガス削減以外の複合的な価値を明確化し、農家やパートナー国政府へ伝える。
- 雨量や台風など気象要因とAWD実施の関係を解析し、天候リスクを可視化して投資家やクレジット需要家の不安を軽減する。
- データに基づく情報開示を進め、JCMクレジット取引の信頼性向上を図る。
- 賛同する会員企業の拡大を検討し、環境省・農林水産省がオブザーバーとして参画することで公的側面のフォローアップも進める。
このような取り組みにより、AWDを用いた「民間JCM」案件の形成と市場拡大を目指しています。
営農現場にとっての意義――メリットと留意点
営農法人や集落営農、個人農家がAWDやJCMに関わる意義と、現場で考えるべきポイントを整理します。
期待できるメリット
- メタン排出削減に対するクレジット収入が期待できる(新たな収益源)。
- 土壌や品種によっては収量の増加や水使用量削減が見込める。
- 気候変動対策に貢献することで企業・自治体との連携や補助金等の恩恵を受けやすくなる。
現場での留意点・課題
- 天候リスクの影響が大きい:降雨や台風で意図した乾期が保てないとメタン削減効果が変動する。
- 計測・記録の必要性:JCMクレジットの検証には水位や水管理、収量データなどの詳細な記録が求められる。
- 初期投資と運用負担:水位センサー、遠隔モニタリング、ポンプや水門の自動化など設備投資が必要となる場合がある。
- 現地の合意形成:集落単位での管理ルールや水利用ルールの調整が必須になることが多い。
スマート農業技術の役割――データが鍵を握る
AWDとJCMを実現・拡大するうえで、IoT・ドローン・自動化技術は不可欠です。具体的には以下の技術が重要になります。
- 水位センサー、土壌水分計:AWDの実施状況を正確に記録し、検証可能なデータを残すために必要です。
- 気象観測と予測モデル:降雨や台風の影響を予測し、AWDの安全な運用計画を立てるために用います。
- 遠隔監視プラットフォーム:複数の圃場や地域のデータを一元管理し、異常時に即対応できる運用体制を作ります。
- ドローンと衛星リモートセンシング:生育状況や水たまりの分布、土壌条件の広域監視に役立ちます。
- 自動かんがい装置(電動ゲート、ポンプ制御):水位管理の自動化で作業負担を軽減し、安定したAWDの実施が可能になります。
JCMクレジットの信頼性を高めるためには、第三者検証がスムーズに行える品質の良いデータが重要です。営農現場は、導入時にどのデータをどの頻度で収集するか、長期的な保守体制をどうするかを検討する必要があります。
投資・保険・資金調達の観点
今回のコンソーシアムには損害保険ジャパンや金融機関も参加しており、気候リスクの可視化を通じて投資や保険商品が設計されやすくなります。投資家にとってはリスクが見える化されることで参入障壁が下がり、営農者にとってはクレジット収入を担保にした融資やリースが受けやすくなる可能性があります。
ただし、収益化には長期的な視点が必要です。クレジットの価格・需要、プロジェクトの検証コスト、現場の運用コストを総合的に見積もることが重要です。
現場への提言――まず何をすべきか
営農現場や自治体、農機メーカーの技術担当者に向けて、実践的なアクションを挙げます。
- 小規模なパイロットを始める:まずは圃場の一部でAWDを試し、データ収集と効果測定を行ってください。
- データ連携の仕組みを整える:水位・気象・生育データをまとめられるプラットフォームを導入しましょう。
- 機器の維持管理計画を作る:現場でセンサー故障や通信途絶が起きないよう、保守契約やバックアップを整備してください。
- 地域内の合意形成を重視する:水利用や実施タイミングについて、農家・自治体間で明確なルールを作ることが成功の鍵です。
- 公的支援・コンソーシアムの情報を活用する:環境省・農林水産省がオブザーバーとして参加しているため、公的なガイドラインや支援情報を積極的に確認してください。
まとめ
「水田JCMコンソーシアム」の設立は、水田分野でのJCMクレジット創出に向けた本格的な一歩です。AWDはメタン削減という明確な環境価値を持ちつつ、収量改善や水資源の効率化といった副次的効果も期待できるため、営農現場にとって魅力的な選択肢になり得ます。
一方で、天候リスクやデータ管理、初期投資といった課題の解決が欠かせません。ここで求められるのは、現場の知見と技術(センサー、自動化、リモートセンシング)、金融・保険の仕組みが連携した実装です。スマート農業技術を活用してデータに基づく運用を行えば、AWDの有効性を証明し、クレジット市場での価値化が現実味を帯びてきます。
営農法人や自治体の現場責任者の皆様には、まず小さな実証から始め、データ体制を整えたうえで関係機関や技術パートナーと連携していくことをおすすめします。今後、コンソーシアムの会員拡大や成果の公開が進めば、実際の投資機会や支援メニューも増えていく見込みです。
詳しい記事の内容はこちらから(引用元)
大阪ガスら8社「水田JCMコンソーシアム」設立、間断かんがい技術を活用したJCMクレジットの普及拡大へ | 農業とITの未来メディア「SMART AGRI(スマートアグリ)」
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