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「未来型大規模水田作モデル」の運営農家が語る、スマート農業の成果と米づくりの“これから“ | AGRI JOURNAL

「未来型大規模水田作モデル」を実践する若狭の恵――スマート農業がもたらした成果と、これからの米づくり

取材日:2025/10/24 取材・文:緒方よしこ

目次

要旨

福井県若狭地域で大規模水田作を展開する株式会社若狭の恵は、田んぼの大規模化とスマート農業の導入により収量・品質・作業効率で明確な改善を実現しています。2019年に農林水産省の実証プロジェクト「中山間地域におけるデータをフル活用した未来型大規模水田作モデル」に採択されたことを契機に、ロボットトラクタや自動運転田植機、ドローン、食味・収量測定コンバインなどを導入。10aあたりの収量は平均9.7%増、作業時間は平均52.5%削減、コシヒカリの圃場の約4割で食味スコア80点以上を達成しました。この記事では、同社の取り組みの経緯と成果、導入時のポイント、他の営農体が参考にすべき実務的示唆を整理します。

背景――黒字経営へ向けた「規模」と「効率化」の選択

若狭の恵代表の前野恭慶さんは、2004年ごろから若狭地域で本格的に米づくりに携わってきました。全国の農家と同様に高齢化や担い手不足、資材価格の上昇に悩まされ、約10年前には米づくりが赤字になる時期もありました。「一反分の米を作ると2〜3万円の赤字が出ていました」と前野さんは振り返ります。

同社が選んだ解法は、田んぼの集約で面積あたりの効率を高め、スマート農業で作業時間とコストを削減することでした。2015年に農業法人を設立し、2016年には農地中間管理事業などを通じて約120haの集積を実現。規模のメリットを生かすために次の一手として先端技術の導入に踏み切りました。

導入した主な技術と設備

  • ロボットトラクタ:自律的に圃場作業を行い、人手依存を低減します。
  • 自動運転田植機:等間隔で苗を植え、肥料散布の精度も向上させます。GPSを使い田んぼ形状に合わせた作業が可能です。
  • 農業用ドローン:液体肥料の散布などを行い、作業時間と散布ムラを削減します。またドローン作業の代行サービスも展開しています。
  • 食味収量測定コンバイン:収量と食味のデータを可視化し、品質管理と販売戦略に活用しています。
  • RTK基地局:自社敷地に基地局を設置し、高精度な測位で自動運転やドローンを安定稼働させました。これが県内の普及促進にもつながりました。
  • 乾燥調整場と生産履歴管理:出荷までのプロセスが緻密に記録され、JGAP取得につながっています。

成果――数値に表れた改善

農林水産省の実証プロジェクト(2019採択、2021年3月終了)により導入した技術の効果は明確でした。

  • 収量:10aあたりの収量が平均9.7%増加しました。
  • 品質:コシヒカリの圃場の約4割で食味スコア80点以上を記録し、「おいしさ」を数値で示せるようになりました。
  • 作業効率:10aあたりの作業時間が平均52.5%削減されました。

これらの結果により、若狭の恵は「未来型大規模水田作モデル」の実践例として注目され、圃場や設備への見学・視察の問い合わせが定期的に来るようになりました。

地域への波及効果と制度・インフラの整備

若狭の恵が早期にRTK基地局を自社で設置したことは、地元におけるスマート農機導入の環境整備に寄与しました。その後、福井県が複数のRTK基地局を新設する動きがあり、県内でスマート農業導入が広がるきっかけになっています。つまり、先行投資を行った営農体が地域のインフラ整備を促し、普及を後押しする好例と言えます。

成功の要因――研究連携、人的資源、トレーサビリティ

若狭の恵が実証プロジェクトに採択され、円滑に技術導入できた背景にはいくつかの要素があります。

  • 研究機関との連携:応募段階で京都大学や東京大学と連携を打診・確立しており、専門家の支援を受けられたことが採択のポイントになりました。公的プロジェクトに応募する際は、大学や研究機関との共同体制が選考で重要視されるケースが多くあります。
  • 従業員のデジタル適応力:スマホやタブレットに慣れた20〜30代の社員が多く、スマート農機の操作やデータ活用への順応が早かったことが導入成功に寄与しました。
  • トレーサビリティとGAP取得:乾燥調整場での記録や生産履歴の管理がJGAP取得につながり、品質保証や販売面の強化に寄与しています。

経営面の現状と意思決定の方向性

近年の米価上昇について、前野さんは「高騰ではなく、やっと採算がとれる価格になった」と語ります。長年続いた資材や機械の価格上昇に対して米価が低迷していたため、従来は収支が合わない状況が続いていました。米価が改善した今でも、持続的な経営を続けるためにはコスト管理や生産性向上が不可欠です。

栽培面でも気候変動の影響は深刻で、高温害に強い品種への切り替えや、新資材(バイオスティミュラントや液状複合肥料など)を積極的に投入する必要があると前野さんは助言しています。追加投資は増えるものの「必要経費」と捉え、積極的に新方法に挑戦する姿勢が重要だと述べています。

営農法人・集落営農・自治体向けの実務的アドバイス

若狭の恵の経験から、これからスマート農業導入を検討する営農体に向けた実務的なポイントを整理します。

  • 導入の前提づくり:まずは耕作の大規模化や作業の標準化を進め、スマート機器の効果が出やすい体制を整えます。
  • 公的支援と研究連携の活用:実証プロジェクトや補助金は導入ハードルを下げます。応募段階で大学や研究機関と共同できる体制を作ると選考で有利になります。
  • 地域インフラの確認:RTKや通信環境の有無で導入可否や精度が変わります。県や自治体の整備計画を事前に調べ、共同での基地局設置を検討するとコスト分散が可能です。
  • 人材育成と運用体制:スマホやタブレット操作に慣れた人材確保・育成が重要です。導入後の運用マニュアルと教育計画を早期に整えます。
  • データ活用と品質指標:食味スコアや収量データを記録・分析することで販売戦略や改善サイクルが回せます。トレーサビリティも販路開拓で有利になります。
  • 気候変動対策と資材投資:高温対策品種の導入や新資材の試験導入を早めに行い、長期的なリスク低減を図ります。

結び――「技術」と「現場」をつなぐ実装力がカギ

若狭の恵の取り組みは、技術を単に導入するだけでなく、圃場規模の確保、研究機関や自治体との連携、人材育成、トレーサビリティ整備といった要素を組み合わせて初めて成果につながることを示しています。スマート農業は単なる機械化ではなく、「データ」と「人」と「現場」をつなぐ実装力が求められます。

営農法人や集落営農の経営者、現場管理者の皆様にとって、若狭の恵の事例は導入計画を考える上での実践的な教科書となるはずです。規模拡大や共同利用、地域インフラ整備、研究連携など、現場の状況に応じた段階的な投資と運用設計を検討してみてください。

取材協力:株式会社若狭の恵 代表 前野恭慶(やすのり)

詳しい記事の内容はこちらから(引用元)

「未来型大規模水田作モデル」の運営農家が語る、スマート農業の成果と米づくりの“これから“ | AGRI JOURNAL
https://agrijournal.jp/production/84770/

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