政府、土地改良の５カ年計画で「スマート農業」実装率を100％目標に引き上げ—現場と産業に与える影響を分かりやすく解説

政府は2025～2029年度の土地改良長期計画で、スマート農業の強化を打ち出しました。計画の目玉は、スマート農業を導入できる環境を整えた地域の割合を現行の約8割から10割（事実上100％）に引き上げることです。生産コスト削減を最重要目標に掲げ、農地の集積・集約化と物理的な土地改良を通じて自動運転農機やドローンなどの普及を後押しします。本稿では、施策の内容、現場と業界への影響、想定される課題と対応策、関係者への具体的な提言を整理して解説します。

施策のポイント：何をどう整備するのか

• 目標期間：2025～2029年度の5カ年計画に盛り込まれています。
• 実装可能地域の割合：現行計画の「8割」から「10割（100％）」へ引き上げ。
• 大区画化の推進：自動運転スマート農機が運用しやすいよう、1ヘクタール以上の水田を現行計画の約4倍の約6万ヘクタールに拡大する計画。
• 土地整備の内容：農機走路の平坦化、傾斜緩和、ほ場外の旋回用ターン農道の設置など、機械の運行と安全性を高める構造整備。
• 管理作業の省力化：ほ場周りの水管理や草刈りに対して自動給水栓などの導入で負担軽減を図る。
• 情報通信環境の整備：高精度測位システム「RTK-GNSS」の基準局設置などで自動運転トラクターやドローンの位置精度を向上。

なぜ今、強化するのか：背景と狙い

農業従事者の減少・高齢化が進む中で、作業負担が軽減されないと離農を選ぶ人が増え、耕作放棄地が拡大して地域の生産力が低下します。政府はこうした事態を回避し、食料供給の安定と農業の持続性を確保するために、技術導入のハードルとなっている土地の物理的条件や通信環境を整備して、スマート農業の普及を加速させようとしています。

現場・業界への影響とチャンス

農業経営者・現場管理者

• 作業効率の大幅改善と人手不足対応が期待できます。特に自動運転トラクターやドローンの導入で定型作業の自動化が進みます。
• 大区画化は機械効率を高める一方、区画統合や用排水の再整備で短期的に負担や手続きが生じる可能性があります。

アグリテック開発者・資材メーカー

• RTK-GNSS基準局の設置や大区画化により、自動運転・精密施肥・センシング製品の需要が拡大します。
• 現場ごとの土木的条件や小規模区画の存続など、実地適応のための製品改良やローンチ戦略が求められます。

自治体・農政担当者

• 土地改良事業の設計段階でスマート農業対応を組み込む必要があります。地域の利害調整や予算配分が鍵となります。
• 地域ごとの導入支援、研修、共同利用モデルの構築が普及の成否を左右します。

投資家・事業者

• インフラ整備に伴う関連ビジネス（RTKサービス、遠隔監視、メンテナンス、データ管理など）への投資機会が増大します。
• ただし導入支援や運用継続性、収益モデルの実証が投資意思決定の重要要素になります。

想定される課題と対応ポイント

課題1：初期投資と運用コスト

大区画化やRTK基準局設置などにはまとまった資金が必要です。公的補助がある一方で、費用負担の分配や長期的な運用コストを踏まえた採算性の検証が欠かせません。

課題2：小規模経営体の対応

土地所有の分散や小規模な経営体では大区画化が難しいケースがあります。共同利用・リース・サービス型提供（AaaS：Agriculture-as-a-Service）の推進や、営農組合・共同利用施設の整備が有効です。

課題3：技術・データの相互運用性と人材育成

複数メーカーの農機・システムが混在することを想定し、標準化とデータ仕様の整備が必要です。加えて現場で使いこなせる人材育成やサポート体制が重要になります。

課題4：通信基盤とサイバーセキュリティ

高精度測位やリアルタイム制御には安定した通信環境が不可欠です。地方の通信インフラ整備とともに、運用中のデータ保護やサイバーリスク対策も必要です。

具体的な提言：ステークホルダー別アクション

農業経営者・現場管理者

• 自治体や土地改良区と早期に連携し、区画統合や共同利用の計画に参加してください。
• 導入前に小規模な実証プロジェクトを実施し、ROIや現場運用ルールを確認してください。
• 操作研修や保守契約の整備を事前に行い、運用リスクを低減してください。

アグリテック企業・機器メーカー

• 地域ごとの土木条件や運用習慣を踏まえた製品設計とサービス提供モデル（機器＋運用支援）を強化してください。
• RTK-GNSSや通信プロバイダ、金融機関と連携したエコシステム構築を進めてください。

自治体・農政担当者

• 補助制度や事業スキームを明確化し、共同利用やリースなど多様な支援手法を用意してください。
• 地域の中核となるデモ圃場や研修拠点の設置で普及促進を図ってください。

投資家・金融機関

• インフラ整備やサービス化モデルに注目し、長期的なキャッシュフローを重視した評価を行ってください。
• リスク共有のための公民連携スキームや保守・運用支援の評価を重視してください。

まとめ：実装率100％の達成は産業変革の起点に

土地改良計画にスマート農業の実装を「10割」に引き上げる方針は、単なる技術導入促進にとどまらず、農地利用の構造転換や地域の営農体制再編を促す大きな政策シフトです。成功させるには、土木的なインフラ整備だけでなく、制度設計、資金スキーム、現場の受け入れ態勢、技術の相互運用性確保、そして人材育成が不可欠です。関係者は早期に連携し、小さな実証から着実にスケールさせる実務的な取り組みを進めることが重要です。

アグニューでは、今後も土地改良とスマート農業の接点にある技術・事例・政策動向を継続的に追跡し、導入の手引きや実務ノウハウを提供していきます。まずは自地域の土地改良計画と補助制度の詳細を確認し、関係者会議を立ち上げることをお勧めします。