何が始まるのか：事業の概要

共同創業者は通販物流を手がける神静イノベーション（神奈川県平塚市）の平山斉宏氏と、地熱農業を展開する八幡平スマートファームの兒玉則浩氏です。2025年8月に設立された東北未来戦略グループは、まずイチゴの通年栽培を軸に事業を開始します。八幡平スマートファームの土地を活用し、ビニールハウスや加工場、貯蔵庫を整備。2026年春頃にビニールハウス建設に着手し、年間約4.8トンのイチゴ収穫を目指します。数年内に加工・貯蔵設備も整備し、将来的には100人規模の新規雇用を見込んでいます。

技術の肝心要：地熱エネルギーとIoTの組合せ

八幡平地域には松川地熱発電所など複数の地熱発電所があり、地域資源としての地熱が利用可能です。これを受け、八幡平スマートファームでは松川地熱発電所から供給される熱水をパイプでビニールハウスに引き入れ、ハウス内を20〜30℃に保つことで通年栽培を実現してきました。

さらに、温度や湿度などをセンシングして遠隔監視・自動制御するIoTを導入し、生育環境をデータ駆動で安定化しています。地熱は常時供給可能な低炭素の熱源であり、補助的な電力をIoTや環境制御に使うことで、化石燃料に頼らない安定的な施設園芸の運営が可能になります。

ビジネスモデルと市場連携

東北未来戦略グループの特徴は「生産地から物流・販売までの統合」です。平山氏は「生産地は物流の原点」として、生産地側での効率化と附加価値化を重視しています。具体的には、地元での通年生産→加工・貯蔵→既存の取引先（記事では京都の人気イチゴを使ったドーナツ店）への納品や、通販・物流網を活かした直接販売を想定しています。

この「垂直統合」により、収穫後の流通ロス削減、品質維持、マーケティングや顧客ニーズへの迅速な対応が期待できます。また、地産地消や地域ブランド化、観光資源との連携（直売所や収穫体験）といった付加価値の拡大余地もあります。

この取り組みが持つ意義と利点

• 安定生産：地熱を熱源とした通年栽培で季節変動に左右されにくい供給が可能になります。
• 低炭素化の推進：地熱は再エネの一つであり、施設園芸の温熱供給を化石燃料から転換することで温室効果ガスの削減に寄与します。
• データ駆動の品質管理：IoTによる環境制御・データ蓄積で生産性と品質安定が期待できます。
• 流通効率化：物流・通販の経験を持つ人材との連携で、流通コスト最適化や販路拡大が期待できます。
• 地域経済への波及：加工や貯蔵施設の整備、雇用創出で域内の経済活性化につながります。

課題と留意点

一方で実運用にあたっては複数の課題があります。

• 初期投資と資金回収：ビニールハウス、配管、加工場、貯蔵庫、IoT設備の整備にまとまった資金が必要です。投資回収計画とリスク管理が重要です。
• 水管理・土壌管理：地熱の熱水利用は温度供給に優れますが、ミネラルや腐食性の問題など設備面・環境面での対策が必要です。
• 市場リスク：年間4.8トンという目標量をどう価格安定・販路確保に結び付けるかが鍵です。加工品開発やブランド戦略が利益安定に重要になります。
• 人材確保：100人規模の雇用を見据える際、技術者・管理者・現場労働者の確保と育成が必要です。
• 規制・許認可：地熱利用や加工施設運営に関する法規制、食品衛生等の適合も事前確認が欠かせません。

示唆：他地域・事業者への示範性

地熱資源を抱える地域では、今回のモデルは一つの参考になります。重要なのは「地域資源（地熱）×地元ノウハウ×流通・販路の強み」を掛け合わせることです。特に以下が示唆として挙げられます。

• 地域の再エネを農業の安定熱源に活用することで、脱炭素と農業生産の両立が可能になります。
• IoTやデータ活用は生産の標準化・トレーサビリティに直結し、付加価値の高い流通に有利です。
• 垂直統合は小規模生産者が直面する販路確保の課題を解く一手ですが、効率化のための初期投資と運営ノウハウが必要です。

現場・投資家・行政への提言

関係者向けに整理すると、次の点が重要になります。

• 現場管理者・農業経営者：地熱利用やIoT導入は段階的に進め、データ基盤を早期に整備して品質・コストの可視化を図ってください。
• アグリテック開発者：地熱利用向けの耐食性配管、温湯管理、センシングと解析サービスなど、現場に適合する製品・サービスの提供機会があります。
• 自治体・農政担当者：インフラ支援や認証支援、販路開拓のための補助・連携窓口を設けることで、地域展開の後押しが可能です。
• 投資家：初期コストと長期的な市場需要を見据え、加工・ブランド化の戦略と連動した投資判断が必要です。